2011年7月11日 (月)

Saas-Feeの風が・・・初投稿

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               別館はこちらsoon花筐~花がたみ

2010年9月26日 (日)

いい色 夕焼け 色いろ・・・

最近は夕焼けを見る機会が多いように思う。

これも猛暑の影響?

そんなことはないか・・(^^ゞ

448424 (2010.09.11 18:20)

2分差

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25分後

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鈴鹿山脈最高峰の御在所山(通称 御在所岳)1212mは

もう少し右側、隣家の奥に聳える。

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慕辺未行さんから

“鈴鹿山脈の最高峰は御池岳なり 1247m”とのコメントを戴きました。

訂正致します。

慕辺未行さん、ご指摘ありがとうございましたm(__)m

                                   

                                      (2010.09.27朝 記)

(2010.09.23 17:58)

(2010.09.23  17:57)

1分差

(2010.09.17  18:34)

(2010.09.17  18:09)

(2010.09.11  18:22)

2階から撮った鈴鹿山脈と夕焼けの写真

夕焼けに気づき、

写真を撮ろうとカメラを用意している僅かな時間に

空の色が変化してしまい、

最もきれいな夕焼けの撮影チャンスを逃してしまう。

2010年7月18日 (日)

カサブランカが咲いた

大輪のピンクのユリと同じ日に球根を埋めたのに

 

開花の遅れていたカサブランカの花がようやく咲いた。

 

ピンクと白とでは開花に17日くらいの差が生じたことになる。

 

【画像:424960.jpg】

(2010.07.17)

 

 

昨日(7月17日)の朝、7輪咲いていた

 

一昨日に2輪を切り花にしたので

 

本来なら9輪咲いていたことになる。

 

【画像:424961.jpg】

(2010.07.17)

玄関先には甘い香りが漂う。

 

【画像:424962.jpg】

(2010.07.17)

 

90度回転したのではなくて・・・

 

花が重くて茎が撓っている

 

【画像:424959.jpg】

(2010.07.16)

 

 

先立って咲いていたピンクの大輪のユリは

 

花が既に終わってしまった。

 

 

カサブランカ・・・

 

ハンフリー・ボガードとイングリッド・バーグマン

 

“君の瞳に乾杯”のセリフが有名になった。

 

ボガード扮するリックの潔さ・・あのマネはとも出来ない。

 

 

ピンクの大輪のユリの様子はこちらで

     

カサブランカが咲いた

今朝のカサブランカ

    

カサブランカと書いたが、実際には別の花名があり、それを忘れてしまった。

因みに“カサ”は“家”、“ブランカ”は“白”を意味するからカサブランカは“白い家”となる

従ってピンク色では“カサブランカ”ではないということになる。

 

2008年10月23日 (木)

秋明菊 キクとつくけれど・・

庭では咲く花が無くなってきているこの時期に、

わずかに数輪のシュウメイギク(秋明菊)が殺風景な庭に色を付けてくれています。

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“キク”とつきますが実は“菊”の仲間ではなくてキンポウゲ科アネモネ属の花です。

キブネギク(貴船菊)の別名があります。

白い部分は花弁ではなくて萼ですが、それではどこが花なのでしょうね。

白の他にはピンクや濃いピンクもあり、一重の他に半八重、八重があります。

我が家の庭の花だけでは寂しいので、

歩いているときに見かけた“シュウメイギク”を代打で登場させましょう。

長野県飯田市の大通り脇で咲いていました。

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こんなにたくさん咲いていて・・

羨ましい

同じく飯田市

或る“生け花教室”の庭で咲いていました。

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通りに面した庭ですが、さすがに生け花教室です。

京都・大原の里の路傍に咲いていました。

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青い空と緑の草木に囲まれたシュウメイギクが印象的でした。

我が家のシュウメイギクも、このような形にしたいものです。

2008年8月11日 (月)

フウセンカズラとゴーヤ

居間の日よけになるかなと思い、二階のベランダからネットを地面まで張って、

フウセンカズラとゴーヤのタネを蒔いておいたところ、

芽が出てネットに絡みつきベランダ近くまで伸びてきました。

昨年、アサガオで同じようなことをしていましたが到底日よけにはならなくて、

毎朝開く大輪の花を楽しむのみでした。

そのアサガオのこぼれタネからいくつも芽が出て、これらもネットに絡み花を咲かせています。

今年は、このように奇妙な取り合わせの日よけネットになっています。

・・・が、日よけという役割を果たしてくれてはおりません

フウセンカズラ

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フウセンの上に咲いている花をアップで撮ると・・

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フウセンの中にはタネが三粒入っています。

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フウセンが茶色になってくると、青かったタネは黒と白との二色になっています。

ハート型はフウセンに固定されている部分でした。

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ゴーヤ

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二十数年前のこと、

当時住んでいたところで親しくしていたかたから

ニガウリを戴いたことがありますが、それがゴーヤを知った最初のことでした。

当時はゴーヤとは聞かなかったように思います。

そのかたは沖縄のご出身でした。

ゴーヤの花

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苦いゴーヤは苦手です。

苦さを感じさせない調理法はあるのでしょうか。

あの苦さが、暑い夏を克服する源なのであれば我慢しないといけませんね。

2007年2月12日 (月)

この一枚(2) 「フランキー・レイン  ローハイド」

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  先日の新聞の訃報欄で、フランキー・レインが心不全のためにサンディエゴの病院で亡くなったことを報じていた。93歳とのこと。

 もうそんなお歳になられていたのかと、テレビ映画「ローハイド」のことを思った。

 ♪ローレン ローレン ローレン ヤー

 このフランキー・レインの歌声で「ローハイド」が始まった。

 随分、人気のあった西部劇テレビ映画だったなあ。

 今になって考えると6年くらい続いていたようだ。

 なかなかテレビを見せてもらえないので、親の隙を窺って視ていたのか、親があきらめて視ることを許したのか覚えていないが、「ローハイド」の時間を待ってテレビの前に座り込んでいた。

 隊長のフェイバーさんを演じたエリック・フレミングは惜しいことに41歳でペルーの河で溺死してしまったが、ロディ役のクリント・イーストウッドはマカロニ・ウエスタン映画でスターダムに入り、いまや名監督で名俳優になっている。

 斥候(古めかしい呼び方だが吹き替えではこのように呼んでいた 原語では何て云っているのか前から気になっている)のピート役のシェブ・ウーリーがゲーリー・クーパーとグレース・ケリーの「真昼の決闘(ハイヌーン)」でシェリフと対決する悪役の一人を演じていたことを後に知って少し驚いたことを覚えている。

 マカロニ・ウエスタンで名を馳せたリー・ヴァン・クリーフも悪役の一人だった。

 フランキー・レインはこの映画の主題歌「ハイヌーン」を唄い、「OK牧場の決闘」の主題歌も唄っていたためか、当時のウエスタンやカントゥリー・ミュージックではフランキー・レインの唄が多かったような記憶がある。

 青春時代を想うときの一人が亡くなった。

 ご冥福をお祈りする。

           購入 1960年ごろ   日本コロムビア LL-221    350円

   レコード・ジャケットには

     現在日本教育テレビ、MBCテレビ、九州朝日放送テレビで放映中

       との記載がある。(MBCテレビはMBSテレビの間違いではないのかなあ)

2006年11月19日 (日)

ブルネイの印象 § 2−6 市内バス

 

BSB(バンダル・スリ・ブガワン)を走っている紫色のバスはどこまで乗っていても1B$(1ブルネイ・ドル=約80円、2001年当時のレートにて)である。
   
 市内をぐるりと一周しても1B$と思った。

 ところが、ヤヤサンからバスに乗って1BS払い、そのまま市内を一周し、もとのヤヤサンに戻って降車する時にも1B$を支払うことになった。

 ヤヤサンからのOUTで1B$、ヤヤサンへのINで1B$、合計2B$ということらしい。

 1番ホールのティー・ショット前に1ドル、18番のホールアウトで1ドル払うようなものだ。

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 市内観光するにはヤヤサン・バス・ターミナルから01系統のバスに乗ると都合が良い。私たちはいくつもの系統のバスを利用したが、この01系統をとても重宝していて頻繁に利用した。

 バスには女性の車掌さんがいて、乗り込んで1B$を払うと大きな紙の切符を渡してくれる。

 愛想の良い人もいて、何処からきたのかだの、見物した感想はどうかなどと質問してくるが、中には若くて可愛いい顔をしているのにブスッとしたまま無愛想に切符を渡してくれる車掌さんもいた。


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 切符の大きさは、縦5cm、横11.5cm

















  降車したい停留所が近づくと「ストップ」と声をかける。それを聞いてバスが停まる。
 
 バスの停留所が明確にしてあるところもあるが大体が何の標識もなく、どこでバスを待っていればいいのか判らない。

 バスを待っている人がいればここで待てばいいのだろうと推測できるのだが、人がいないところではどうしようもない。

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 キウラップ・ショッピング・センターからヤヤサンへ戻り、ヤヤサンからブルネイ博物館へ行こうとした。

 キウラップそばの片側三車線道路で乗車する停留所が判らなかったので、適当に場所を決めてバスを待っていたら三車線の一番内側つまり中央分離帯側をバスが走ってきた。 

 あわてて両手を振って合図したが、バスの運転手は「そこは停留所じゃない、もう少し向こうだ」という仕草をしつつそのままバスを走らせて行ってしまった。

 ブレーキをかける大きな音がしたので、走り去ったバスから視線を戻すとそこにはなんと大きなトラックが停まっていて、運転台にいる三人の男性が「どうしたのですか、乗っていきますか」という素振りをしていた。

  私たちは3人(ツアーで知り合った一人旅の若い娘さんと同行)だったしトラックの荷台にしかスペースがないのでお断りし、やむなく歩き出すと、走っていたローバーが10メートルほど先に停まり、運転席から「何処まで行くのですか」と日本語の声があった。

 事情を話すとわざわざブルネイ博物館まで送ってくださった。この日本人男性は、こちらで通信関係の会社を経営されておられるとのことであった。

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  キウラップ・ショッピングセンターと銀行の建物  ↑

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  キウラップ・ショッピング・センター前の道路   ↑ 

                          ↓                
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2006年11月 7日 (火)

ブルネイの印象 § 2−5 エンパイア・ホテル・アンド・カントリー・クラブ

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 五つ星ホテル以上のグレードと聞いていたが聞きしに勝る豪華さと広さを持ったホテルである。

 2000年にブルネイで開催されたAPECで各国首脳が宿泊したホテルでもある。


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 ホテル本体は、レセプションやロビー、3階のレストランなど、そして広い吹き抜けのあるメインを中央に、そこから右翼と左翼に延びた構えを持っている。


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 メインの正面エントランスから入るとレセプションやロビーがあるのだが、実はこのフロアは3階である。
 
 ロビーを奥へ進むと1階から最上階までの吹き抜け部に達する。

 その吹き抜けには、床から天井まで大理石製の4本の太い大黒柱が立っている。

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 更に、その吹き抜けを昇降する螺旋階段の手すりに埋め込まれた、数がいくつあるのか判らない直径7センチメートルほどの猫目石や、一階床全面の大理石が見える。

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 池の上に建っているヴィラやコテージ風の宿泊施設もある。

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 併設されている施設には、ジャック・ニクラウス設計のゴルフ場をはじめとして、ボウリング場、屋内プール、テニスコート、バドミントンコート、スカッシュ、ジャグジー、映画館、劇場、屋外プール、ゴルフ練習場などがある。

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 建設途中で工事が中断している建物と南シナ海 

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 プライベート・ビーチ 、 向こうは南シナ海

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 深夜のロビー

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                  (写真はネガ・フィルムをスキャナーで処理したもの)

2006年11月 4日 (土)

【あの日、あの時】 大阪駅前 1970年(昭和45年)

 就職して3年目の7月に勤務先の横浜から帰省し、写真を撮りに実家から大阪万博へ3日間通っていました。

 「月の石」は見ませんでした。

 元来、待つことが嫌いな私は、何時間も並ぶなんてことは端からできるわけがありません。

 結局、人気が無くて並ぶ必要の無いパビリオンばかりを見て廻っていました。

 いまでは、どこを廻っていたのかさっぱり覚えていません。

 コンパニオンになっている高校の一年後輩の女性に8年ぶりくらいにバッタリと出会って、写真を撮らせてもらったことも万博の思い出になっています。

 カメラはMINOLTA SRT101 MC ROKKOR 50mm標準レンズと135mm F2.8 でした。

 このカメラとレンズは未だに持っていますが、電源の水銀電池が製造中止になっているので使用できません。(米国で発売されている代替電池がネット・オークションに出てはいます。)

 大阪万博で撮った写真の最後の方に、国鉄大阪駅、阪神百貨店、阪急百貨店が写っていました。

 ポジ・フィルムをスキャナーで読み取っています。


大阪駅前1.jpg

大阪駅前2.jpg

大阪駅前3.jpg

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2006年11月 1日 (水)

ブルネイの印象 § 2−4 水上集落

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               王宮と水上集落  ↑
 

 金色の前国王モスクの近くと、ブルネイ河を挟んだその対岸には水上集落がある。

 ブルネイ滞在中に絵葉書や絵画を何度も見かけたが、金色のモスクや王宮、そして水上集落を一枚の絵や写真のなかに取り入れているものが多かった。

 河岸と集落を結んで走る多数のモーターボート(これは水上タクシーなのだが)も、そのなかに組み入れられている。

 ここは、強者と弱者、富と貧、という対比を感じさせる光景である。

 【画像:66878.jpg】

【画像:66879.jpg】
                水上タクシー  ↑

 ただ、「水上生活者は裕福な生活をしている」、「水上の生活の方が涼しい」、「ずっとこの状態が続いているから裕福であっても陸に移る気はない」というような話があることも聞いた。

【画像:66880.jpg】
              水上集落と、その中のモスク ↑

 余談だが11日に訪ねたブルネイ博物館の窓から何気なく外をみたら遠方で大きな煙が出ていたので、私たちは火事ではないだろうかと話していた。

 ホテルへ戻ったあと、夜のテレビ・ニュースで水上集落での火事を報道していた。泣き叫ぶお年寄りや小さな子どもたちの姿があった。10世帯が焼きだされたそうだ。

【画像:66881.jpg】
     王宮(左の金色ドーム付近)、前国王モスク(右の高い塔の付近) ↑

【画像:66882.jpg】
             王宮の正面(河とは反対の表側) ↑

【画像:66883.jpg】
             王宮正面ゲートにある紋章  ↑

«ブルネイの印象 § 2−3 ハッサナル・ボルキア国王モスク(現国王モスク)

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